当院では、消毒や滅菌を単なる器具の清掃作業としてではなく、患者さんの命と健康を守るための「診療の基盤」として捉えています。
歯科治療で用いる器具は、虫歯や歯周病の治療、抜歯、インプラント、クリーニングなど、どの処置であっても口腔内の粘膜や歯肉、歯根などの組織に直接触れます。
そこには必ず唾液や血液が付着し、B型・C型肝炎ウイルス、HIV、ヘルペスウイルス、さらには薬剤耐性菌などの病原体が存在している可能性があります。
これらは非常に感染力が強く、目に見えない微量でも感染を引き起こすことがあるため、処置ごとに確実な消毒と滅菌を行い、リスクを限りなくゼロに近づけることが不可欠です。
しかし現場の実情としては、消毒や滅菌の効果は患者さんの目に見えないため、医院によっては時間やコストをかけず、最低限の対応にとどめてしまうケースも少なくありません。
患者さんは診療台の上に並んでいる器具は見えても、その器具がどのような工程を経て清潔な状態になっているのかを知ることはほとんどなく、そうした「見えない工程」は医院側も優先順位を下げてしまいがちです。
中には驚くべきことに、治療後のタービン(歯を削る器具)をアルコールで軽く拭いただけで再利用している医院も、いまだに存在します。
このような処理では内部構造まで清浄化することはできず、感染の危険性は残ったままです。
消毒や滅菌を本気で徹底しようとすると、そのための設備投資や維持費は決して小さくありません。
たとえば、患者さんごとにタービンを滅菌する場合、1本あたり約7万円のタービンを30〜50本ほど揃える必要があり、それを短時間で処理できる高性能滅菌器(約30万円)も不可欠です。
かつては煮沸消毒が主流でしたが、現在ではほとんどの歯科医院が高圧蒸気滅菌(オートクレーブ)を採用しています。
このオートクレーブにも性能差があり、小型で20万円前後のものから、大型で100万円近くするものまでさまざまです。
価格の違いは単に庫内の大きさだけではなく、滅菌の確実性に直結します。
大型機は庫内に余裕があるため器具の隅々まで蒸気が行き渡りやすく、確実な滅菌が可能ですが、小型機に器具を詰め込み過ぎると蒸気が届かない部分ができ、未滅菌の箇所が生じることがあります。
さらに真空ポンプで空気を抜きながら蒸気を注入する高性能タイプは、複雑な構造の器具内部まで確実に滅菌できる一方、価格はさらに高額になります。
当院ではこうした高性能オートクレーブに加え、「ウォッシャーディスインフェクター」と呼ばれる医療用の高性能洗浄機も導入しています。
これは、洗浄工程の中で水温を段階的に変化させながら器具を洗浄し、たんぱく質の汚れを完全に除去しつつ、菌やウイルスを死滅させることができます。
手洗いでは落としきれない血液や唾液のタンパク汚れも、この工程によって確実に除去されます。
この工程を経ることで、人の手による洗浄時に生じる針刺し事故や二次感染のリスクをほぼ排除でき、消毒・滅菌の信頼性を二重に高められます。
ただし、このウォッシャーディスインフェクターは約250万円と非常に高額で、しかも水回りに近い場所への設置が必要なため、導入には流し台周辺の改装工事も伴います。
そのため、全国的に見ても導入している歯科医院はごくわずかです。
当院がこの機器の導入を決めた背景には、勤務するスタッフの安全を守りたいという強い思いがありました。
特に歯科衛生士は日常的に器具の洗浄や滅菌作業を担当し、消毒・滅菌に対して高い意識と厳しい目を持っています。
安心して長く勤務してもらうためにも、この機器の存在は欠かせないと判断しました。
さらに当院では、オートクレーブやウォッシャーディスインフェクターだけでなく、ガス滅菌器や超音波洗浄機も導入しています。
ガス滅菌は高温に弱いプラスチック製品や精密機器でも安全に滅菌でき、オートクレーブでは対応できない器具を保護します。
超音波洗浄機は、高周波振動によって肉眼では見えない細かな溝や穴に入り込んだ汚れを取り除き、その後の滅菌工程の効果をさらに高めます。
このように複数の工程を組み合わせた多段階の滅菌体制は、機器の導入費用や維持費の面で大きな負担となりますが、患者さんとスタッフの安全を最優先する当院の方針に基づき、コストや手間を惜しまず行っています。
また、滅菌済みの器具はすべて水色の滅菌バッグに封入し、使用直前にのみ開封します。
器具の形状や大きさに合わせて専用の袋を作成し、シーラーで封をする作業は時間も人手もかかりますが、滅菌状態を維持するためには欠かせません。
滅菌処理はやろうと思えばいくらでも省略できますが、当院では「どこまで徹底できるか」が医院の質を左右すると考えています。
周囲を見渡すと、消毒・滅菌に真剣に取り組んでいる歯科医院は、治療の質や患者さんへの対応力においても総じて優れている印象があります。
消毒・滅菌は歯科診療の土台であり、ここをおろそかにしている医院は、他の診療面でも同様の妥協が見られることが多いと感じます。
当院はしばしば「消毒・滅菌オタク」と呼ばれますが、それは単なる趣味やこだわりではありません。
安心・安全な診療を提供するために必要不可欠な姿勢であり、今後も最新の情報と技術を取り入れながら、この姿勢を貫いていきます。